日本収支指標「国際収支」発表前後のUSDJPY反応分析
Ⅰ. 分析要点
1.1 概要
日本「国際収支※1」は、反応程度が極めて小さいという点で、FX取引には向いていません。但し、他の指標との同時発表がない場合は、直後11分足の反応方向が事前示唆されることが多く、そのときならば取引しても良いでしょう。そうした機会は本指標発表の2回に1回ぐらいの頻度であり、残念ながらたった数pipsを狙うような取引です。
※1 発表元統計名は「国際収支統計(速報)」。「速報」後に生じた修正等を反映して集計した「第2次速報」は、翌々期最初の月に公表(四半期集計)。
発表機関 財務省・日本銀行※2 |
発表日時 当該月の翌々月第6営業日の08:50 |
発表内容 居住者と非居住者の取引(財貨・サービス・証券等の各種経済金融取引、それらに伴って生じる決済資金の移動)を集計※3(発表事例※4) |
反応傾向 |
補足説明
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※2 国際収支統計は、財務省とその委託を受けた日銀が集計・推計し共同公表。なお、類似統計の「通関貿易統計」と本統計の違いは下表の通り(出典:日本銀行HP)。
※3 下表出典は『総務省統計局, 「世界の統計2020」, 発行日不明』に記載数値を抜粋した国際収支(2018年)。用語は『日本銀行HP, 国際局,「2019 年の国際収支統計および
本邦対外資産負債残高 」, 2020年7月』より転記。国際収支は、経常収支+資本移転収支+金融収支、からなり、経常収支は、貿易収支+サービス収支+第一次所得収支+第二次所得収支、からなる。日独は黒字・米英は赤字が長年続いている。
※4 下表出典は財務省HP上の『令和2年12月中 国際収支の状況(速報)の概要』巻頭から抜粋し、表中▢は当方にて記入。
1.2 結論
次節以降のデータに基づき、本指標での過去傾向に基づく取引方針例を下表に示します。
※5 上表において、事後判定対象は反応方向のみ。参考pipsは過去の平均値や中央値やそれらの差。利確や損切の最適pipsは、その時々のボラティリティ、トレンド状態、レジスタンス/サポートとの位置関係によって大きく異なるため、事前予想できず判定対象外。
Ⅱ. 分析対象
対象は、国際収支統計の
- 季節調整前経常収支額(以下「経常収支」と略記)
- 季節調整前貿易収支額(以下「貿易収支」と略記)
です。
季節調整前数値を用いている点は本稿分析の特徴です。
各指標の過去推移を下図に示します。図の配置は、経常収支(左)、貿易収支(右)、となっています。
※6 上グラフは分析データ開示のために載せており、本グラフを本指標発表毎に最新に更新していくことが本稿の目的ではない。発表結果統計値はグラフ記載範囲から計算。
季節調整前グラフのため両グラフとも激しい上下動があります。また、コロナ禍以前・以後とも、両グラフの市場予想は精度が高いことがわかります。
経常収支は、例年3月にその年の最大値となっています(2020年は2月)。これは、主に企業が3月決算に備えて海外資金を国内本社に戻すために起きる現象です。この現象をレパトリ(Repatriationの略)といい、欧米では年末に同じ現象が起きやすいことが知られています。レパトリの時期は大きな資金移動が起きるため、例えば上記3月はJPY高になりやすいと言われています。がしかし、最近のUSDJPYを見る限りそうとは言えません(過去10年で3月月足が陽線だったことは6回、陰線だったことは4回)。
また、東日本大震災(2011年)から数年は、エネルギー輸入が増えたため、貿易収支の赤字が続きました。当時は、日本も米英のようにいずれ経常収支赤字国になる、との説が多く見かけられました。がしかし、2015年度からは貿易収支が再び黒字に転じ、そして、第一次所得収支の黒字の微増傾向が以前から続いている点に注目が集まりました。結果、日本はモノで稼ぐのではなく、カネで稼ぐようになりつつある、との指摘も増えて、今ではその説が有力です。
次に、対象期間における4本足チャート各始値基準ローソク足を下図に示します。図の配置は、左側に直前10-1分足(上)と直前1分足(下)を、右側に直後1分足(上)・直後11分足(下)を、それぞれ指標発表前と後とで縦軸を揃えて示しています。
※7 上図における歯抜け箇所は、本指標よりチャートへの影響力が強い指標との同時発表月(3.1項参照)。
図を見る限り、極端に大きな反応がないことと、指標発表前後1分間の反応が小さいことがわかります。指標発表前後1分間の反応が小さ過ぎるため、本指標での狙いは直前10-1分足と直後11分足ということになります。
※8 上表では反応分析対象外の月を集計していない。
指標結果の良し悪しに最も素直に反応しがちな直後1分足値幅の過去平均値は0.9pipsで、反応程度は極めて小さい指標です。但し、直後1分足順跳幅の約半数は過去平均の0.5倍超1倍以下に分布しています。つまり、もし直後1分足順跳幅の方向を当てても0.7~1.3pipsしか取れないことが約半数、ということになります。
1足内反転率は低く、長いヒゲを残して反転する可能性が低い点では取引のしやすさを示唆しています。けれども、後記4.3項に示す通り、直後1分足終値よりも直後11分足終値が同じ方向に反応を伸ばしたことは過去46%しかありません。本指標の神様は、どうやっても取引参加者に稼がせたくない、という意思さえ感じる内容です。
Ⅲ. 指標分析
以下の指標分析の対象範囲は下表の通りです。
市場予想は毎回行われ、先述の通りそこそこの精度があります。指標発表回数と分析対象回数の差は、次3.1項に示す他の強い指標との同時発表があった月数です。
3.1 指標間影響力比較分析
対象期間に本指標と同時発表された指標と、影響力比較結果を下表に一覧します。
上表から、本指標のチャートへの影響力は弱く、他の指標と同時発表時には取引を勧められません。ゆえに、他の指標と同時発表時は反応分析の対象から除きます。分析から除く他の指標との同時発表は延べ40回ですが、重複が3回あるため分析対象回数は35回となります。
3.2 項目間影響力比較分析
分析対象は、経常収支と貿易収支でした。
それぞれの判別式は定義通り、
事前差異判別式=市場予想ー前回結果
事後差異判別式=発表結果ー市場予想
実態差異判別式=発表結果ー前回結果
です。
このとき、各判別式の解の符号と対応ローソク足値幅方向の一致率を下表に纏めておきます。
各判別式の解の符号と対応ローソク足値幅方向の一致率は、どれも良くありません。この結果から言えることは、本指標発表前後の取引で経常収支や貿易収支を別々に注目してもFX取引の役には立たない、ということです。
そこで、両指数を同時に踏まえた全体判別式を次のように立式します。
全体判別式=A✕経常収支の差異[兆円]+B✕貿易収支の差異[兆円]
但し、事前差異=市場予想ー前回結果、事後差異=発表結果ー市場予想、実態差異=発表結果ー前回結果
上式において、各判別式の係数と、各判別式の解の符号と対応ローソク足値幅方向の一致率を下表に纏めておきます。
※9 例えば、先に示した全体判別式の形式と上表から、本指標全体の実態差異判別式は、ー1✕経常収支の(発表結果ー前回結果)ー2✕貿易収支の(発表結果ー前回結果)、となる。そして上表は、この式の解の符号と直後1分足が過去72%方向一致だった、と読む。
これで、少なくとも本指標発表後の反応方向だけは、指標の良し悪しで説明できるようになりました。
ちなみに、2節において述べた通り、本指標の毎月の推移は季節的な周期性が認められます。それにも関わらず、本文記載の通り、季節調整前の実態差異判別式の解の符号が反応方向に影響を与えているように見受けられます。実績データに基づくとは言え、これは他の指標での傾向と見比べると不思議な現象です。
だって、例年3月にレパトリが起きたり、例年年末や中華圏の春節前に貿易量が増えたりすることは、皆が知っています。例えば通関貿易統計では、そんな当たり前のことに反応が起きないように、輸出入額の前月比でなく前年比が反応方向に影響を与えています。季節調整前経常収支額や季節調整前貿易収支額の実態差異判別式の解の符号が反応方向に影響を与えるということは、前月比が影響を与えているのと同じです。本指標のこうした妙な傾向は、データを増やした数年後に本稿を改訂をする際にも同じ傾向となるのか、興味があります。
なお、参考までに各判別式の解の統計値を下表に示しておきます。
3.3 利得分析
分析内訳として指標差異(左上)と反応程度(左下)の期間推移と、分析結果として反応程度を指標差異で割った利得分析結果(右)を示します。
事後差異判別式の解1ips(Index Points)毎の直後1分足値幅は、過去平均で3.1pipsです。
Ⅳ. 反応分析
以下の反応分析の対象範囲は下表の通りです。
4.1 指標一致性分析
各判別式の解と対応ローソク足値幅の代表的な関係を下図に示します。
上3図のドット分布は、どれも回帰分析で反応程度を予想するような分布ではありません。
方向の情報だけを取り出しても、先に3.2項で求めた関係以上に顕著な傾向は見出せません。
さて、指標発表前に判別式の解がわかっているのは事前差異しかありません。そこで下図に、事前差異判別式の解の絶対値を階層化し、その階層毎に事前差異判別式の解の符号と各ローソク足の指標方向一致率を求めてみます。
結果、
- 直前10-1分足の反応方向は、事前差異判別式の解の大きさが1.6超(過去平均値の2倍超)のとき、その解の符号と逆になりがち(場面発生頻度7%、期待的中率75%)
- 直前1分足の反応方向は、事前差異判別式の解の大きさが1.6超(過去平均値の2倍超)のとき、その解の符号と逆になりがち(場面発生頻度7%、期待的中率67%)
- 直後1分足の反応方向は、事前差異判別式の解の大きさが1.6超(過去平均値の2倍超)のとき、その解の符号と逆になりがち(場面発生頻度7%、期待的中率75%)
- 直後11分足の反応方向は、事前差異判別式の解の大きさが0.8超(過去平均値超)のとき、その解の符号と逆になりがち(場面発生頻度25%、期待的中率69%)
です。
4.2 反応一致性分析
各ローソク足値幅同士の代表的な関係を下図に示します。
上3図のドット分布は、どれも回帰分析で反応程度を予想するような分布ではありません。
次に、上図から方向の情報だけを取り出します。
方向の情報だけを取り出しても、直前1分足と直後11分足の関係ぐらいしか、高い不一致率となっていません。
さて、直前10-1分足は、指標発表前にローソク足が完成しており、それが大きいときにはその後のローソク足方向を示唆している可能性があります。そこで下図に、直前10-1分足値幅を階層化し、その階層毎に直前10-1分足と直前1分足・直後1分足・直後11分足の値幅方向の一致率を求めてみます。
結果、
- 直前1分足の反応方向は、直前10-1分足値幅が2.4pips超(過去平均値超)のとき、それと同じになりがち(場面発生頻度18%、期待的中率69%)
- 直後11分足の反応方向は、直前10-1分足値幅がどうあれ、それと逆になりがち(場面発生頻度49%、期待的中率78%)
4.3 伸長性分析
前項に示した通り、直後1分足と直後11分足の方向一致率は63%しかありません。がしかし、直後1分足よりも直後11分足が反応を伸ばすか削るのかはわかっていません。
下図をご覧ください。
直後1分足よりも直後11分足の順跳幅が同方向に伸びたことは57%、値幅が同方向に伸びたことは46%でした。この数字では追撃できないし、逆張りするにも不安です。
さて、指標発表後の反応が一方向に伸びるときには、最初の兆しは直後1分足順跳幅の大きさ(伸びの強さ)に現れる場合があります。そこで、直後1分足順跳幅を階層化し、階層毎に直後1分足よりも直後11分足が反応を伸ばしがちか否かを検証します。
結果、
- 直後1分足順跳幅が1.4pips超(過去平均値超)に達したら、直ちに追撃を開始して直後11分足跳幅を狙った方が良い(場面発生頻度17%、期待的中率67%)
- 直後1分足順跳幅が2.8pips超(過去平均値の2倍超)に達したら、直後1分足終値がついてから追撃を開始して直後11分足終値がつくまでに解消する(場面発生頻度6%、期待的中率75%)
です。
Ⅴ. 取引成績
分析記事は不定期に見直しを行っており、過去の分析成績と取引成績は下表の通りです。
まだ取引回数が少ないため、成績へのコメントは控えます。
※10 「分析成績」は、取引方針の反応方向についてのみ判定を行い、反応程度についての判定は行っていない。「分析適用率」と「分析的中率」は、都度の指標発表前に取引方針を開示していたときだけの成績を集計。「取引成績」は、指標発表直前・直後におけるスプレッド拡大、スリップ多発、注文不可などの影響を考慮してもなお、本稿取引方針が有効か否かを判断するため、実取引における分析適用時勝率。ここに挙げた実績は全て別サイトにて該日付もしくはその前日の投稿で事前に取引方針を開示。
関連リンク
改訂履歴
初版(2017年1月9日):2015年1月集計分から2016年11月集計分までを分析
改訂(2017年7月9日):2017年5月集計分までを反映。図表類の書式を変更
3訂(2018年10月8日):2018年7月集計分までを反映。
4訂(2021年2月21日):新書式反映。指標間影響力比較分析を実施し、本指標での取引可能場面を抽出
以上