独国収支指標「貿易統計」発表前後のEURJPY反応分析
独国「貿易収支※1」は、EU域内での貿易の比率が高いことが知られています。そのため、多くの指標解説記事では、本指標はチャートへの影響が小さい、と断じています。確かにその通りですが、独国経済の貿易依存度は先進主要国の中で突出して大きく、間接的に国内経済に与えている影響は他の先進主要国よりも大きい、と推察されます。
そのため、本指標の分析は、貿易収支だけでなく輸出や輸入の増減も踏まえて分析しましょう。すると、本指標発表直後の反応方向は素直なことがわかります。もちろん、他の指標との同時発表時は除いた場合に、です。
※1 発表元指標表記は「Außenhandelsbilanz(対外貿易収支)」。
Ⅰ. 分析要点
1.1 概要
発表機関 連邦統計局※2(Statistisches Bundesamt:StBA) |
発表日時 当該月の翌々月上旬15:00(冬時間16:00=現地時間08:00) |
発表内容 EU域内貿易も含めた輸出入額とその差※3(発表事例※4) |
反応傾向 |
補足説明
|
※2 ドイツ連邦統計局は内務省の部局で、約380の統計データの収集・処理・普及を実施。同局の統計は連邦目的統計法によって規制され、欧州統計システム(ESS)及び欧州統計行動規範に準拠している。
※3 独国貿易収支が名目GDPに占める割合は+8%(参考:米国△3%、日本+1%、英国△1%、仏国△1%、豪州0%:2018年)で、この数字は主要先進国において最も高い。また、輸出入額を名目GDPで割った貿易依存度が71%にも達し(2018年:下図参照)で、この数字も主要先進国において異常に高い。但し、最近の貿易黒字は2/3程度がEU域内貿易で形成されており、多少の黒字変動がEURチャートに与える影響は小さいと推察される。しかしながら、これほど貿易依存度が高いと、間接的なGDPへの影響が大きいと考えられ、そのことがEURチャートでの反応方向に影響している、と考えられる。
※4 添付画面は『独国連邦統計局, 「Pressemitteilung Nr. 010(プレスリリース 第10号)」, 2021年1月8日』の巻頭部分を抜粋。▢は当方にて記入し、上段▢が「前月比」、中段▢が「前年同月比」、下段▢が貿易収支。
1.2 結論
次節以降のデータに基づき、本指標での過去傾向に基づく取引方針例を下表に示します。
※5 上表において、事後判定対象は反応方向のみ。参考pipsは過去の平均値や中央値やそれらの差。利確や損切の最適pipsは、その時々のボラティリティ、トレンド状態、レジスタンス/サポートとの位置関係によって大きく異なるため、事前予想できず判定対象外。
Ⅱ. 分析対象
対象は、独国貿易統計における季節調整済・稼働日数調整済の
- 貿易収支額(以下「貿易収支」と略記)
- 輸出額前月比(以下「輸出」と略記)
- 輸入額前月比(以下「輸入」と略記)
です。
各指標の過去推移を下図に示します。
図の配置は、貿易収支(左図)・輸出(右上図)・輸入(右下図)、となっています。
※6 上グラフは分析データ開示のために載せており、本グラフを本指標発表毎に最新に更新していくことが本稿の目的ではない。発表結果統計値はグラフ記載範囲から計算。
グラフ期間において貿易収支は一貫して黒字を維持しているものの、近年は少しずつ下降しつつあるように見受けられます。また、輸出・輸入の推移は、コロナ禍の時期の急激な落ち込みと回復のせいで、それ以前の増減が読み取りづらくなっています。がしかし、3.2項に後述するように、個々のグラフの増減は重要ではありません。このグラフから、独国指標にしては市場予想の精度が低いことを把握していれば十分、と思われます。
次に、対象期間における4本足チャート各始値基準ローソク足を下図に示します。
図の配置は、左側に直前10-1分足(上)と直前1分足(下)を、右側に直後1分足(上)・直後11分足(下)を、それぞれ指標発表前と後とで縦軸を揃えて示しています。
※7 上図における歯抜け箇所は、本指標よりチャートへの影響力が強い指標との同時発表月(3.1項参照)。
上図を見る限り、極端に大きな反応がないことと、指標発表前後1分間の反応が小さいことがわかります。また、夏時間での発表は東京株式市場の終了時刻ですが、夏時間と冬時間での反応程度に違いがあるとは言えません。ともあれ、指標発表前後1分間の反応が小さ過ぎるため、本指標での狙いは直前10-1分足と直後11分足ということになります。
次に、上図各ローソク足統計値を示します。
※8 上表では反応分析対象外の月を集計していない。
指標結果の良し悪しに最も素直に反応しがちな直後1分足値幅の過去平均値は1.7pipsで、反応程度は非常に小さい指標です。けれども1足内反転率は低く、長いヒゲを残して反転する可能性が低い点では取引のしやすさを示唆しています。
分布は、直後1分足順跳幅が平均値の0.5倍超1倍以下に収まることが半分あります。ということは、利確であれ損切であれ、直後1分足での取引では平均1pips弱にしかならない、ということです。
ならば、1足内反転率が低い以上、直後1分足順跳幅で反応方向を見極めて、直後11分足順跳幅を狙うべきか。違います。後記4.3項に記す通り、面倒なことに本指標の指標発表後は、追撃するよりも逆張りの機会を狙った方が良さそうなのです。
Ⅲ. 指標分析
以下の指標分析の対象範囲は下表の通りです。
反応データが入手できているのは2017年8月集計分以降です。そして、市場予想は以前から毎回入手でき、発表結果は翌月にしばしば修正されています。
3.1 指標間影響力比較分析
対象期間に本指標と同時発表された指標と、影響力比較結果を下表に一覧します。
鉱工業生産との同時発表が多く、その場合は本指標の良し悪しより鉱工業生産の結果に注目した方が良さそうです。また、まだ同時発表実績が少ないものの、日本工作機械受注の発表があるときも、本指標での取引は避けた方が良いでしょう。
3.2 項目間影響力分析
分析対象は、貿易収支・輸出・輸入、の3指標でした。
それぞれの判別式は定義通り、
事前差異判別式=市場予想ー前回結果
事後差異判別式=発表結果ー市場予想
実態差異判別式=発表結果ー前回修正結果(但し、前回結果が修正されない場合は前回結果を代入)
です。
このとき、各判別式の解の符号と対応ローソク足値幅方向の一致率を下表に纏めておきます。
各判別式の解の符号と対応ローソク足値幅方向の一致率は良くありません。この結果から言えることは、本指標発表前後の取引で貿易収支だけとか個々の指標に別々に注目してもFXの役には立たない、ということです。
そこで、前月比と前年比の両方を踏まえた全体判別式を次のように立式します。
全体判別式=A✕貿易収支の差異[10億EUR]+B✕輸出の差異[%]+C✕輸入の差異[%]
但し、事前差異=市場予想ー前回結果、事後差異=発表結果ー市場予想、実態差異=発表結果ー前回修正結果
上式において、各判別式の係数と、各判別式の解の符号と対応ローソク足値幅方向の一致率を下表に纏めておきます。
※9 例えば、先に示した全体判別式の形式と上表から、本指標全体の事後差異判別式は、1✕貿易収支の(発表結果ー市場予想)ー3✕輸出の(発表結果ー市場予想)+1✕輸入の(発表結果ー前回修正結果)、となる。そして上表は、この式の解の符号と直後1分足が過去71%方向一致だった、と読む。
これで本指標発表前後の反応方向を、指標の良し悪しで説明できるようになりました。
鍵は、本指標よりもチャートへの影響力が強い指標との同時発表時を除くことと、貿易収支だけでなく輸出や輸入の増減にも注目すること、でした。
多くの指標解説記事では、EU域内貿易の比率が高い独国貿易収支をEURチャートへの影響がない、と断じています。けれども、独国の貿易依存度は先進主要国の中でも突出して大きく、間接的に国内経済に与えている影響も他国より大きい、と推察されます。そこで、収支だけでなく、本指標内訳の輸出や輸入の増減も踏まえて分析すると、本指標発表前後の反応方向は先進主要国の貿易統計指標で最も素直になりがちだったのです。
参考までに、各判別式の解の統計値を下表に示しておきます。
3.3 利得分析
分析内訳として指標差異(左上)と反応程度(左下)の期間推移と、分析結果として反応程度を指標差異で割った利得分析結果(右)を示します。
事後差異判別式の解1ips(Index Points)毎の直後1分足値幅は、過去平均で0.7pipsです。もともと反応程度が小さい指標のため、最近になって特に反応が小さくなった訳でもないようです。
Ⅳ. 反応分析
以下の反応分析の対象範囲は下表の通りです。
対象期間の発表で分析対象外となっているのは、3.1項記載理由の延べ17回です。
4.1 指標一致性分析
各判別式の解と対応ローソク足値幅の代表的な関係を下図に示します。
上3図のドット分布は、どれも回帰分析で反応程度を予想するような分布ではありません。
方向の情報だけを取り出すことで、判別式の解の符号と反応方向の一部に高い一致率・不一致率が見つかりました。
さて、指標発表前に判別式の解がわかっているのは事前差異しかありません。そこで下図に、事前差異判別式の解の絶対値を階層化し、その階層毎に事前差異判別式の解の符号と各ローソク足の指標方向一致率を求めてみます。
事前差異判別式の解の絶対値を階層化すると、判別式の解の符号と反応方向の一部の高い一致率・不一致率に、制約があることがわかりました。
本分析結論は、
- 直前10-1分足の反応方向は、事前差異判別式の解の符号と同じになりがち(場面発生頻度59%、期待的中率67%)
- 直前1分足の反応方向は、事前差異判別式の解の符号と逆になりがち(場面発生頻度59%、期待的中率71%)
- 直後11分足の反応方向は、事前差異判別式の解の絶対値が12超のとき、その解の符号と逆になりがち(場面発生頻度15%、期待的中率67%)
です。尤も、直前1分足は先に記したように反応が小さく、取引には不向きです。
4.2 反応一致性分析
各ローソク足値幅同士の代表的な関係を下図に示します。
上3図のドット分布は、どれも回帰分析で反応程度を予想するような分布ではありません。
次に、上図から方向の情報だけを取り出します。
方向の情報だけを取り出すと、一部のローソク足同士が方向不一致になりがちなことがわかりました。
さて、直前10-1分足は、指標発表前にローソク足が完成しており、それが大きいときにはその後のローソク足方向を示唆している可能性があります。下図は、直前10-1分足値幅を階層化し、その階層毎に直前10-1分足と直前1分足・直後1分足・直後11分足の値幅方向の一致率を纏めています。
直前10-1分足値幅を階層化することによって、ローソク足同士の一部の方向一致率に制約があることがわかりました。
本稿分析結論は、
- 直前1分足の反応方向は、直前10-1分足値幅が2.2pips超(過去平均値の0.5倍超)のとき、それと逆になりがち(場面発生頻度81 %、期待的中率75%)
- 直後1分足の反応方向は、直前10-1分足値幅が4.5pips超(過去平均値超)のとき、それと同じになりがち(場面発生頻度31%、期待的中率73%)
- 直後11分足の反応方向は、直前10-1分足値幅が2.2pips以下(過去平均値の0.5倍以下)のとき、それと逆になりがち(場面発生頻度23%、期待的中率67%以上)
4.3 伸長性分析
前項に示した通り、直後1分足と直後11分足の方向一致率は38%しかありません。がしかし、直後1分足よりも直後11分足が反応を伸ばすか削るのかはわかっていません。
下図をご覧ください。
直後1分足よりも直後11分足の順跳幅が同方向に伸びたことは38%、値幅が同方向に伸びたことは33%でした。
この数字が示すのは逆張り推奨です。
さて、指標発表後の反応が一方向に伸びるときには、最初の兆しは直後1分足順跳幅の大きさ(伸びの強さ)に現れる場合があります。
そこで、直後1分足順跳幅を階層化し、階層毎に直後1分足よりも直後11分足が反応を伸ばしがちか否かを検証します。
結果、
- 直後1分足順跳幅が1.8pips以下(過去平均値の0.75倍以下)のとき、直後1分足終値がついたら逆張りした方が良い(場面発生頻度25%、期待的中率67%以上)
という傾向がありました。
Ⅴ. 取引成績
本指標の取引実績はまだありません。
関連リンク
改訂履歴
初版(2020年2月7日)
以上